今回も「京都」とは関係おまへん。
雨が降るある日のこと。
傘は持参してますのやが、極力雨には濡れたくないのが人情というもの。
そうや! 商店街のアーケードの下を歩けばエエやんとひらめいたオイラだした。
▼ 久しぶりにその商店街に入ると、真田の六文銭と徳川の葵紋が一緒にデザインされたノボリが目に飛び込んできて、びっくりぽんだした。なんじゃこりゃ!?
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後日、人通りが少ない深夜帯に商店街に行ってきましたがな。
▼ 大阪市生野区の鶴橋本通商店街だす。
▼ ハングルなんで何の店やったんかわかりまへんが、ずっと閉まったままの店のシャッターが郷土史の掲示板と化してまっせ。司馬遼太郎先生の生家跡……なんやろか?
▼ ↓クリックしよし。
▼ シャッターに貼ってある文章を読みますと、大坂冬の陣の時、岡山(御勝山古墳)に陣を置いた徳川秀忠と和議締結のため、豊臣秀頼代理人の木村重成が通った道なんやそうだす。
▼ 夏の陣の時、落城する大坂城から救出されはった千姫が、祖父・家康ではなく、父・秀忠の陣へ連れて行かれたのなら通ったであろうと思われる道でもあるそうだす。
▼ 今まで聞いたことがなかったエピソードが、「真田丸」ブームで陽の目に当るのはよろしおすなあ。
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